鏡の国

Dec. 3, 2007

高橋堅さん設計の「弦巻の住宅」のオープンハウスに行きました.

不定形な敷地の形状にあわせたように,いびつな7角形のフラットルーフと
スラブが架かり,これを支える壁が様々な角度でばらまかれることで,
住宅の中に不思議な場所性が生まれています.

建築的な言語としては,スラブと壁だけしか用いられていない,
大変ピュアな構成ですが,これが現実的な条件に対峙した結果として,
不均質に拡がっていく現代的な空間性が獲得されています.
いうまでもなく,この住宅は,モダニズムの建築におけるある種の
理念的な空間性,例えば,ミースのバルセロナパビリオンに用いられた
空間的文法に対する批評性を帯びています.

そしてこの住宅は,ディテールの考え方もとても批評的であるように思えます.

先に述べたとおり,ここで用いられている建築的言語はスラブと壁だけで,
壁がないところが,結果として部屋同士を結ぶ開口となっています.
空間の拡がりを担保するために,天井と床の仕上げは連続していて,
開口の額縁は左右の2辺だけに設けられていますが,
プラスターボードが塗装された白い壁面に設けられた廻り縁と幅木も,
開口の額縁と同じチリ寸法でつくられているため,通常あるはずの開口には
額縁がなく,逆に白い壁が額縁で縁取られているような錯覚を覚えます.

これはつまり,ピュアな空間の構成方法が,飾られた,しかし空白のままの
白い壁として展開されることによって,ピュアネス,あるいは建築的言語の欠落と
隣り合わせの退屈さ,不自由さを,逆説的に表現しているのだと解釈できます.

キャロルの「鏡の国のアリス」の中に,
「道に見える人は皆無ですわ.」(アリス)
「わしも,そのくらい目がよければいいのだが!」「皆無が見えるなんて!」(白の王様)
というやり取りが出てきますが1),この住宅にはそんな種類の面白さがあります.



1) Carroll, Lewis(原著),Tenniel, John(挿絵),安井泉(訳):
  鏡の国のアリス,株式会社 新書館,2005年12月